仕事場での伝道:いかに求めている人を釣りあげるか
ルース・E・シエメンス
Part11
4.釣り餌の成分
B関係を大切にする
餌の3番目の構成要素は、クリスチャンが職場や学校でどのように人と関わっているか、ということです。クリスチャンは、周りの人すべてに対し、感じ良く、慰め、励まし、できる限りの実際的な手助けを与えるべきです。同僚がより良い仕事をする手伝いをし、引越しを手伝い、病人には食事を持っていき、買い物を代行し、子供たちの面倒を見、テスト勉強を手伝い、仕事や住む場所を探してあげるなど、です。また、近所の人や、同僚を食事に招待するのも良いでしょう。
法学部4年生のカルロス・ガルシアがペルーのリマで、わたしの家で開かれていた聖書研究にやってきました。その次の土曜日は、彼の誕生日でしたので、ケーキを焼きました。彼がその日は、家族と共に過ごすだろうと、考え付くべきでした。それで、わたしは、その次の土曜日にも彼の誕生日を遅れて祝うためにケーキを焼きました。彼が、主に出会い、牧師になった後、彼は会衆にこのことを分かち合いました。誰も彼の誕生日のためにケーキを焼いてくれた人はずっといなかったので、わたしが彼のために2度もケーキを焼いたのがよほどうれしかったようです。最近、この敬虔な指導者である彼は、ペルーの副大統領に当選しました。
パウロの改宗者たちのとって、手厚いもてなしと、寛容は生活の一部であり、証でありました(ガラテヤ6:9-10、Iテモテ3:2)。パウロは、Iテサロニケ2:8にこう書いています。"わたしたちは、ただ神の福音だけでなく、私たち自身のいのちまでも、あなたがたに与えたいと思ったのです。なぜなら、あなたがたは私たちの愛する者となったからです。"
アメリカ人は他国人から、友好的だけれどもいざという時にはそうではないと、みなされがちです。ほとんどの文化において、友達と知り合いには大きな違いがあります。人は、頼み事をすることによって、友情を試しますが、あなたが頼み事をすることをも期待しているのです。一度にたくさんの"本当の友達"を持つことは不可能です。何人かの求める人を見つけ、彼らと彼らの家族に集中してください。
ボブとべティが中国で英語を教えていた時、政府は外国人教職員が教室以外で生徒と関わることを好ましく思っていませんでした。けれども、この夫婦は生徒たちを愛し、彼らの生活がどんなに退屈なものであるかを知っていました。それで、一回に数人ずつ、生徒たちを彼らの快適なアパートへ食事に招待する方法を見つけました。彼らは、"アメリカ人の家に招待されたとき、どのように振舞うべきか"という授業を考案したのです。生徒たちは、コーヒーテーブル(ソファーの前に置く低いテーブル)の上に乗っている数冊のキリスト教関連の本を眺め、壁にかかっている聖書の箇所に目を留めました。あるときには、若いエンジニアが、"神さまについてもっと知りたいんですか、そういう本はありますか?"と聞いてきました。
別の町では、若い中国人女性が、彼女の英語教師たちが、絶望的な孤児院のひとつにいる子供たちのために犠牲的な奉仕のために彼らの自由時間を捧げていることに驚きの色を隠しきれませんでした。(人々は日常的に女の赤ちゃんを孤児院の前に捨てていたのです。)彼女は、孤児を世話するのは政府の仕事のはずだと抗議しました。捨てられた赤ん坊の孤児たちに愛をもって世話をしていたのは、同国人ではなく、外国人たちであったことに、彼女は恥ずかしくなりました。彼女はこう言っています。"すぐに、わたしは彼らがクリスチャンではないかと思いはじめ、尋ねると、そうです、と言う答えが返ってきました。"
クリスチャン団体であれば、さらに大きな規模で愛を示すことができます。IFESの生徒たちのグループは、他の生徒たちへの奉仕として、校内にあったきたないトイレの壁のペンキ塗りをしました。数年前、共産主義国だったハンガリーで迫害下にあった教会が日曜礼拝を中止して、洪水に見舞われた近所の被害をかたづける手伝いをしました。彼らの働きが礼拝となったのです。
いつでも、可能なとき、私たちの人への手助けは、相互的なものであり、温情主義的であるべきではありません。イエメンで技術者をしているクレアは、今彼女の子供の世話をし、イスラム教徒である近所の人と友達になるため、家にいます。彼女に最初の子供が生まれるまで、近所の女性たちは彼女に友好的ではありませんでしたが、母親が遠く離れて住む、この若い母親であるクレアを助けにやってくるようになったのです。その後クレアは、地元の女性たちと同じように髪に覆いをして、彼女たちと市場に出かけられるようになったのです。クレアは、彼女たちのミシンの調整をしてやり、彼女たちはクレアに、長くてカラフルなガウンの縫い方を教えてくれました。キブ・アンド・テイクの関係は、一方的な関係によって生じるいぶかりを和らげてくれるのです。
すべての会話において、私たちは接客する、または接待されるという両方の役割を果たさなくてはなりません。恥ずかしがりやの人は大抵、受身である接客される役です。私たちは、接客することも学ばなくてはならないのです。他の人の居心地を進んで良くさせ、相手の信頼を勝ち取り、彼らが打ち明けて話ができるようにしてあげてください。個人的な経験を話すことによって、弱い立場に立ってください。接客することにより、自分自身から目がそれて、あなたの内気さが変えられて、他の人を愛するように解放されます。
私たちは、独断的、妥協的にではなく、魅力的に福音を生き抜くべきです。最も難しい状況下にあったとしても、一貫性を失わず、質の高い仕事と愛のある関係を保ちつつ、主について語る機会を待つのです。
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