ラルフ・D・ウィンター
3.未開地宣教時代
この時代は第二次宣教時代に学生宣教運動に加わった2人の青年、W・キャメロン・タウンセンドとドナルド・A・マクガヴランによってはじまりました。
言葉の壁 ―― キャメロン・タウンセンド(1934)
ロサンゼルス出身のキャメロン・タウンセンドは、はやく中央アメリカで宣教したいあまり、大学での勉強を終わらせることをしませんでした。グアテマラでは、他の宣教地と同じように宣教師が教会を建て上げるためにすることがたくさんありました。けれども、タウンセンドは住民の殆どがスペイン語を話さないことに気が付きました。彼は村から村へと移動し、スペイン語の聖書を配っているうちに、他の宣教師たち("チチカステンゴの12人"と呼ばれるグループ)とスペイン語で宣教してもグアテマラの人々に福音は伝わらないと悟りました。彼はひとりのインディアンが"もし、おまえの神が賢いなら、なぜ彼は私たちの言葉を話せないんだ?"と聞いてきたときにこのことをさらに痛感しました。彼が新しい展望に基づいて動き始めたときに、彼は弱冠23歳でした。
もし、私たちの時代にウィリアム・キャリーやハドソン・テイラーに匹敵する人がいるとすれば、キャメロン・タウンセンドこそ、その人だと思うのです。キャリーやテイラーのように、タウンセンドは未開の開拓地があるとし、約半世紀ものあいだ彼は、見過ごされた世界の部族の人達のために旗を振り続けたのです。彼は、部族の人達に福音を伝えるため、宣教団体に助けを求めることからはじめました。けれども、彼らはこの試みに、キャリーやテイラーに対してしたように、きちんとした受け答えをしてくれませんでしたので、彼は自ら、この新しい開拓地のためにウィクリフ聖書翻訳という団体を作りました。始め、彼は未開の部族は世界に500くらいだろうと考えていましたが(彼はメキシコにいる部族の言語の数だけで判断していました)、後になって1000に直し、そして2000に直し、今では5000近くと判明しています。この途方もなく大きい仕事に対する彼の概念が向上するにつれ、彼の組織もまた向上していきました。現在では、5千人を超える働き人がいるそうです。
社会の壁 ―― ドナルド・A・マクガヴラン(1935)
タウンセンドと彼の友人達が言葉の壁で苦戦している頃、ドナルド・マクガヴランはインドの驚くべき社会的な壁に屈服しかかっていました。タウンセンドが部族を発見しましたが、マクガヴランはさらに万国共通のカテゴリーである"同種の単位"を発見しました。それは、今日において、ピープル・グループ(文化的・社会的にみた人々の一集団)と呼ばれています。マクガヴランの働いたインドがいい例で、三千もの民族から国が成りたっています。そのうちの百の民族の中にはクリスチャンがいますが、クリスチャンが大勢いるのは、そのうちのたった21の民族においてです。ですから、2900以上のインドに存在する異なる民族に、キリストの福音が伝わっていないばかりか、その社会階級や民族に証しする教会もないのです。
キャリー、テイラー、タウンセンドとは異なり、マクガヴランは新しい宣教方法を見出さずに、彼の努力と著作が教会成長活動と開拓伝道運動引き起こしました。ひとつは、既に福音が伝わっているグループを拡大することに専心し、もうひとつはまだ福音の届いていない部族やそれ以外グループに計画的にアプローチすることに専心していました。
彼らの前の時代のキャリーとテイラーと同じように、タウンセンドとマクガヴランは20年もの間、注目されることはありませんでした。1950年代頃になると、彼らの話を聞こうとする人達が幅広く与えられていました。
最初の2つの時代の初期に起こったように、この第三次宣教時代においても、宣教団体がたくさん起こされました。新部族宣教などの団体は、名前の通りに未開の人々に福音を伝えることに重きをおいていました。また、ゴスペル・リコーディング(福音の録音)や飛行宣教団などの団体は、名前の示すとおり、世界中の部族や孤立している民族に福音を伝えるために、新しい技術を必要に応じて用いました。第二次宣教時代の"地域を越えた宣教師"連合などは、彼らの開拓精神を失うことなく、新しくスタッフを増員して前に見過ごしていたピープル・グループへ福音を伝えていきました。
1970年になると、マクガヴランが弟子訓練した人達が、さらに明確に"福音を知らない民族たち"(Unreached
People)を定義し始めました。彼らは、この"福音を知らない民族たち"の多くは忘れ去られている人達であり、クリスチャン化した地域でさえも部分的に存在しながらも、宣教師たちや教会からどのようにかして完全に見過ごされているのである。時折、彼らは"隠れた人々"と呼ばれますが、大抵は"福音をしらない民族たち"と呼ばれ、民族的、社会学的な特性によって定義されています。彼らは既存する教会との文化伝統が大きく異なるので、自分達の伝統にあった教会を建てることができるように宣教戦略を必要とするのです。
もし、第一次宣教時代が海岸地域に、第二次宣教時代が内陸に福音を伝えていくことだったら、この第三次宣教時代は、社会的に孤立した"福音を知らない民族たち"に福音を伝えていくことでした。この概念を定義することはとても難しかったので、第三次宣教時代は第二次宣教時代の出だしよりも遅い始まりを期しました。キャメロン・タウンセンドは1934年に忘れられている部族の人々に、マクガヴランは1935年に社会的な壁目を向けるように呼びかけましたが、世界中の"福音を知らない民族たち"に人々が目を向け始めたのは最近のことです。悲劇的なことには、ウィクリフなどの数少ない宣教団体を除いては、第一、二次宣教時代開拓宣教のテクニックを忘れてしまっていましたので、どのように全く福音を聞いたことのない、いろんなグループに近づくかを再び新しく学びながら福音を運ぶ"車輪"を開発しまければなりませんでした。
けれども、(タウンセンドとマクガヴランが見過ごされているグループへの注目を呼びかけてから46年後の)近代になって、いまだかつてないほどの世界中の"福音を知らない民族たち"に対する興味が湧き上がっているのです。この興味は、宣教団体だけでなく、学生たちにも広がっているのです。
また、様々な国際的な出来事が教会の注意を忘れられた人々に向けさせ、未完の宣教の仕事に目を向けさせているのです。ロザンヌ世界宣教会議は、"福音を知らない民族たち"に重きを置いた宣教への道を導きました。
特に重要なのは1980年に開かれたエディンバラ世界開拓宣教会議です。1910年に開かれたエディンバラ世界開拓宣教会議は、宣教リーダーたちが"福音を知らない民族たち"ついての議論に専念した国際的なコンファレンスでした。学生達の興味の急増(と未だかつてなかった何か)を反映して、若者の集会が国際学生開拓宣教会議と同時に開かれました。この会議は、将来の国際宣教集会すべてにおいて大勢の若い人達も参加させるようにと示しました。
私たちは、今どのような時代にあるのでしょうか?
現在、少なくても一万七千のピープル・グループが、"福音を知らない民族たち"の中に存在します。そのひとつひとつに個別の宣教の出発点が必要なのです。これは、あまりにも膨大で不可能な仕事でしょうか?"2000年までに全てのピープル・グループに個々の教会を"というスローガンは、無茶苦茶なものでしょうか?
この仕事は見た目よりも難しいものではないのです。いくつかの驚くべき理由を挙げましょう。まず、この目標は欧米人に限られたものではないのです。これは、世界中のクリスチャン達に課せられた仕事なのです。1986年には、四百以上の非欧米宣教団体が二万人以上の宣教師たちを送りだしていて、その数は増え続けているのです。
さらに重要なのは、宣教の拠点がその文化に確立されれば、神さまがすべてのクリスチャンに求めておられる伝道が宣教戦略に取って代わるのです。そこで、宣教の役割である"侵入"の仕事は終わるからです。ですから、2000年までにすべての"福音を知らない民族たち"の中に宣教の拠点を確立するという目標は不可能ではないのです。
さらに、近代世界ではお互いに支え合う傾向にあるため、"閉ざされた国々"の問題は、どんどん減少しつつあります。現代では、外国人が全く入ることのできない国はほとんどありません。サウジアラビアのように完全に閉さしている国々の多くは実際には何千もの他の国からの技術者を渇望しているのです。事実、大酒を飲み、柔弱な世俗的な欧米人よりも、敬虔なクリスチャンを好むのです。
そして、現在もうひとつの学生運動が近い将来に起こりそうな気配を見せています。1984年に行われたウルバナ学生宣教会議では、さらに多くの若者達が、何よりも"福音を知らない民族たち"を彼らの宣教の標的にしたのでした。再び何千もの若者達が、アメリカに限らず世界中で宣教について学び始めたのです。
1986年には、第二次宣教時代の宣教団体が彼らの焦点を新しい宣教地に向けたことも伴なって、宣教の指導者たちの間で流れが開拓の方へ大きく変わりました。例えば、SIMインターナショナル(もとスーダン内陸宣教団)は、12の新しい宣教拠点を配置し、宣教活動を始めようとしています。1980年のエディンバラ会議のすぐ後にミズーリ・サイノッド・ルーサレン教会でその宣教の力は3倍になり、1990年には新しく"福音を知らない民族たち"のために10のより大きな宣教地を開拓するに至りました。1986年までに彼らの宣教師たちはすでに18の宣教地を開拓していました。
また、 "福音を知らない民族たち"に福音を伝えるために、たくさんの新しい宣教師たちもやってきました。過去4年の間にものすごい数にのぼる若者たちが"福音を知らない民族たち"に福音を伝えようと志願しました。
わたしがこれを書いている間にも、少なくても千の教会が意識的に第三次宣教時代に未開拓地への新しい思いをもって進み出ています。ひとつの団体では、宣教運動ほど何かを達成することはできません。私たちは、この第三宣教時代が本当に実在し、きわめて重大な福音派の努力を釣り合いのとれた考えに整え、アブラハムに与えられた命令と大宣教命令という動機が、私たちの時代に新しい強い目的を与えていることを神に感謝を捧げます。
"この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民に証しされ、それから、終わりの日が来ます。"マタイ24章14節
END
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