リバイバルへの道

Part 5

聖書の原則

6.あなたの霊的力の源としてキリストに留まりつづける・・・

イエスキリストを再び主として据えるための第六歩は、自分の霊的貧しさと人間のはかなさを認めつつ、主を霊的な豊かさと、力と知恵の源として完全により頼みながら、継続的な、日々の主との交わりを行っていく事である。

わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。だれでも、もしわたしにとどまっていなければ、枝のように投げ捨てられて、枯れます。人々はそれを寄せ集めて火に投げ込むので、それは燃えてしまいます。  ヨハネ15:4-8

あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。  ヨハネ15:16

7.主の性格に習う

イエスキリストを主として据えるための第七歩目は、「私の考えをキリストイエスの考えとする」ことである。それは今与えられた状況の中で、イエス様ならどのように考え、どのように対処するかを学び、それを真似する事である。

若者の間で、イエス様ならどうするかと言う事を思い出すために、WWJDと書いたブレスレットを身につけることが流行している。私もそれを気に入っている。そして主に従うもの達は、キリストの性格の全ては、愛という一言によって包括されるのである。キリストの性格を真似ると言う事は、単純に、全ての事を神の愛を動機として行う事である。

「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。」

「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」

「あなたがたが互いに愛し合うこと、これが、わたしのあなたがたに与える戒めです。」 ヨハネ15:9/12-15/17

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