リバイバルへの道
Part 1
聖書の原則
黙示緑3:18-20(イエス様の言葉) そこで、あなたに勧める。富む者となるために、わたしから火で精錬された金を買い、また、あなたの裸の恥をさらさないため身に着けるように、白い衣を買いなさい。また、見えるようになるため、目にぬる目薬を買いなさい。すべてわたしの愛している者を、わたしはしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって悔い改めなさい。見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。
本物のリバイバルは、大きな代価を伴う。救いとは違って、私達が失った豊かさと、力、ビジョンを買い戻すためには、代価が必要なのです。私たちが、キリストとの親しい交わりを再建するための代価は、本物の熱心さと、真実な悔い改めに始まる。
しかし、もしそれが簡単なもののように思えるなら、真理は、さらに付け加えている。熱心さと、悔い改めという言葉は、単なるなおざりの言葉として受け取ってはならない。私達の主は、聖書のあいたところに単語を埋めるために気楽にその単語を使ったのではない、いや、主はそれを本物のリバイバルへの推進力としてみている。真実な熱心さを持ち、本物の悔い改めをしている信者は、人生を変えるリバイバルへの道を真っ直ぐにすすんでいると言える。
熱心さと言うのは、叫んだり、声を出したり、あるいは一日10時間を祈りに費やすという事以上の物である。
熱心さとは、特定された目標に駆り立てる継続的な態度の事である。
熱心さは誠実さから始まる。熱心な人は誠実な人である。本物のリバイバルは、誠実な心でそれを求める人しか経験する事ができない。
熱心さは、情熱ともかかわりがある。熱心な人は、その目標を追及することにおいて情熱的である。
また熱心さは、献身と関係がある。熱心な人は、その目的に献身しており、人生においてそれを第一の優先順位に据えている。
熱心さは、訓練と根気にも関係がある。リバイバルを求める人は、他のどんな事にも、それを追求する事を邪魔させない人である。
本物の熱心さと本当のリバイバルの目印がある。主が私達を熱心になるように勧めるとき、主は私達の心を誠実に、情熱的に、献身して、訓練し、根気強くリバイバルを求めるように導いておられるのである。それ以下の何かをするなら、それは失敗の運命にある。
情熱的なリバイバルの追及には時間・・・祈りの時間と、体系的に聖書研究をする時間、を要する。そして自己訓練と継続性を鍛えるときに、ある期間の断食を必要とするかもしれない。
さて、私たち自身の中で解決されなければならない最初の質問はこれである。「私は、熱心さが要求している代価を払う準備ができているか?」ギデオンの軍隊を思い出していただきたい。32000の召しを受けた人々のうち、たった300人だけが神の軍隊の一員となる代価を払ったのだ。
もう一つのリバイバルの必要条件は、本物の悔い改め・・・神に私達の罪と、プライドと、傲慢を告白して完全にそれに背を向け、彼の主権に身をゆだねることを喜んでする事、である。本物の悔い改めは、罪責感を取り除き、確信をもたらす。
「それによって、私たちは、自分が真理に属するものであることを知り、そして、神の御前に心を安らかにされるのです。たとい自分の心が責めてもです。なぜなら、神は私たちの心よりも大きく、そして何もかもご存じだからです。愛する者たち。もし自分の心に責められなければ、大胆に神の御前に出ることができ、また求めるものは何でも神からいただくことができます。なぜなら、私たちが神の命令を守り、神に喜ばれることを行なっているからです。」
Tヨハネ3:19-22
E-mail: ams@asiams.com
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