より深く主を知る−個人的なリバイバル
・ イザヤ57:15-16
・ 神は私達にもっとご自身を知って欲しいと願っておられる。
・ 15節、神とは誰か?彼は永遠に生きられるお方である。彼は永遠に存在される。
・ マタイ5:6 私達が自分の分を果たすなら、神はご自身の分を果たしてくださる。
・ 個人的なリバイバルへのステップ:
1. 私たちは、現状に満足してはならない。
- これはいつも全てが間違っているというわけではなく、あなたが「お決まりのやり方」にうんざりしているということである。
- 神様が何か良いことをしようとしておられるとき、多くの人は救いの反対側にいるほうを好むのである。
- あまりにも多くの「お決まりの」教会があり、そこでは「お決まりの」説教者が「お決まりの」説教をする。「お決まりの」クリスチャンはそれを聞いてこの世に出て行き、「お決まりの」生活をするのである。
- もし入り口の近くで眠ってしなうなら、あなたは玄関の外に落ちてしまうだろう。
2. 私たちは、絶望的に主の臨在を求めなければならない。
- 感情主義や、偽物ではなく、差し迫った、真に迫った求め方である。
- 私達が神を愛するゆえに、私たちの思いは神の事で一杯になるのである。(私達の遊び、持ち物、仕事、家庭などと同じように。)
3. 私たちは深い悔い改めに導かれなければならない。神は、私達が深い内側の部分から変わらなければならない部分を見せられる。
4. 私たちは間違ったところまで行き、それを正さなければならない。
- 他の人のところに行き、赦しを請う。
- 彼らがあなたのところに来るのを待ってはならない。
- 正しい状態になるように取り計らう。
- それは難しい事かもしれない。しかし必要な事である。
5. 私たちは、本物のリバイバルが来る位置に自分を置かなければならない。
- 教会の建物ではなく、自分の生活の中に。
- 絶える事のない、徹底した、継続的な祈りの場所に。それが困難な状態でも、あきらめてはならない。
- 神の御言葉への愛の場所に。それは私達の中で生きたものとならなければならない。
- 完全な従順の場所に。聖書は提案の所ではない。従順がなければ、私達の成長は妨げられる。
・ 個人的なリバイバルは私達の手の中にある...それを求めよう!
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